伯爵はアルカージイを呼んで、こう言い渡されました、――
「わしの弟の宿へ行って、あれのむく犬を刈込んでやれ。」
 アルカージイは問い返しました、
「お言いつけはそれだけでございますか?」
「ただそれだけだ」と伯爵、――「だが一刻も早く立戻って、女役者どもの髪を作るのだぞ。今囘リューバは三役三様に髪をととのえてやらねばならん。そして芝居がはねたら、聖女ツェツィリヤの姿《なり》をさせて、わしの目通りへ出すのだ。」
 アルカージイ・イリイーチは、よろよろっとしました。
 伯爵は見とがめて、――
「どうかしたのか?」
 けれどアルカージイは答えました、――
「これは粗忽をいたしました、敷物につまずきましたので。」
 伯爵は意味ありげに、――
「気をつけろよ、辻占が悪い。」
 ですがアルカージイの胸のうちは、今さら辻占がよかろうと悪かろうとそんな段のことではなかったのです。
 このわたしをツェツィリヤに仕立てろというお言いつけに、さながら目もつぶれ耳もつぶれた思いになって、道具を入れた革箱をかかえると、ふらふら出て行きました。

      ※[#ローマ数字9、1−13−29]

 さて弟
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