ちがいじみた命知らずな行いも、何ごとをしでかしたかということも、ちっとも知らずにいました。けれども当のアルカージイは、もとより所詮のがれる途はないと覚悟していましたから、やがて弟ぎみがじいっとその顔を見つめ、うちの伯爵の耳に何ごとかぼそぼ囁いたのを見ると、まっ蒼な顔になったのでした。わたしはとても耳敏い性分だもので、その囁きが聞きとれました、――
「弟のよしみで忠告しますがね、あの男に剃刀を当てさせる時は気をつけなさいよ。」
 うちの伯爵は静かににやりと笑っただけでした。
 当のアルカーシャも何か小耳にはさんだものと見えます。というのは、やがてわたしの最後の出《で》のため公爵夫人の顔を作りはじめた時、平生のあの人にも似合わず、白粉をびっくりするほど濃く刷いてしまったのです。見るに見かねたフランス人の衣裳方が、その白粉をおとしはじめて、こう言いました。
「|トロ・ボークー《たんとすぎます》、|トロ・ボークー《たんとすぎます》!」
 そして刷毛でもって、わたしの顔から余分な白粉をおとしてくれました。

      ※[#ローマ数字11、1−13−31]

 そのうちに、出し物が全部終演にな
前へ 次へ
全55ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング