んが間仕切りのかげでわたしに着物を着せにかかったかと思うと、突然おもての戸の輪金を誰かががちゃりと鳴らしたのです。
※[#ローマ数字13、184−2]
わたしたちは二人とも、ひやりと胸が凍りつく思いでした。すると神父さんは、アルカージイの耳へひそひそ声で、――
「いや、愛児よ、こうなってはもう、袈裟びつの中へ匿れるひまはない。早々あの羽根ぶとんの下へもぐりなされ。」
それからわたしには、――
「してあんたは、早くこっちへな。」
そのままわたしを大時計の箱の中へ連れこみ、そこへ坐らせて錠をおろすと、鍵をポケットに入れて、新来のお客さんたちのため戸をあけに行きました。人声から察するところ、よほどの人数らしく、戸口に立っているのもある一方、二人の男はもう窓ごしに中を覗きこんでいるのでした。
はいって来た七人の男は、みんな伯爵の狩のお供をする勢子《せこ》の面々で、手に手に分銅のついた棍棒だの、長い鞭だのをもち、腰帯には犬綱をさげています。八人目のもう一人の男は、伯爵家の家令で、高々と立襟のついた長い狼の毛皮外套を着ています。
わたしの匿れていた箱は、正面の側だけ一面にこまかい格子組みになっていて、古い薄手のモスリンが張ってあるので、そのモスリン越しに外が覗けたのです。
ところで年寄りの坊さんは、風向きの悪さに怖気がついたのでしょうか、がくがく総身をふるわしながら家令の前に立って、しきりに十字を切っては早口な頓狂声で、――
「いやはや、どうも皆さん、どうもはや! 分っています、分っていますよ、何を捜しに見えたのかは。ですがな、わしはその、伯爵閣下にたいして、なんの疚《やま》しいところもないですわい。神明に誓って、疚しいことはありませんわい。断じてその、ありませんわい!」
そう言いながら十字を切るたんびに、左肩ごしに指先でもって、わたしの閉じこめられている時計箱をさすのです。
『もう駄目だ』とわたしは、坊さんの奇怪な振舞いを見て観念の眼をとじました。
家令もその合図に気がついて、こう言うのです、――
「わしらはすっかり知ってるのだぞ。早くあの時計の鍵を出すがいい。」
すると坊さんはまた片手を振りながら、――
「いやはや皆さん、どうもはや! お赦しなされ、御免なされ。その鍵をどこへ仕舞ったものやら、とんと失念しましたわい。ほんとにその、失念も失念、とんと忘れましたわい。」
そう言いながら、残る片手でしきりにポケットの上を撫でるのです。
家令はこの謎にも感づいて、鍵を坊さんのポケットから取りだすと、わたしの戸をあけました。
「出てくるんだ」と言います、――「この片割れめが。こうなりゃ相手の男は、自分から名乗って出ようさ。」
いかにもアルカーシャは、ぬっと姿を現わしました。坊さんの掛けぶとんを床《ゆか》へかなぐり捨てて、すっくとそこへ立ったのです。
「いや、こうなっちゃもう」と言うのです、――「万事おしまいだ。お前さんたちの勝だよ。さっさとおれを連れてって、お仕置きになり何になりするがいいや。だがね、この女にゃ何一つ罪はねえぜ。おれが無理矢理かどわかしたんだからな。」
そして坊さんの方へくるりと向き直ると、したことはたった一つ、その顔へペッと唾を吐きかけただけでした。
坊さんが言うには、――
「いやどうも皆さん、これは一たい何事ですかな。聖職と信仰とにたいする何たる侮辱でしょうかな? これは一つ伯爵閣下に御報告ねがいたいものですな。」
家令はそれに答えて、――
「いや、案ずることはない。それもこれも、こいつの身に報いるのだからな」と言うと、わたしたち二人を引いて行けと下知しました。
わたしたち一行は、三台の橇に分れて乗りました。先頭の橇には縛りあげられたアルカージイが勢子にかこまれて乗り、わたしも同様の厳重な見張りのもとに殿りの橇に乗り、まん中の橇には余った連中が乗ったのです。
途で行きあう村びとたちは、脇へよけてくれました。婚礼かと思ったのかも知れません。
※[#ローマ数字14、187−6]
帰りはあっと思うひまもないほどの早さでした。伯爵のお屋敷へ乗り入れた時には、アルカーシャを乗せた橇はもう影も形も見えず、わたしは早速いつもの席へ坐らされて、たてつづけの糾問ぜめでした。一体どれほどの時間アルカージイと二人っきりでいたか、というのです。
わたしは誰に向っても、
「いいえ、ちっとも!」と返事をしました。
さてそこで、わたしが背負って生まれたもの、それも可愛さ余って今では憎らしくて堪らぬ人と一緒に背負って生まれたその運命は、しょせん逃れるすべもなかったのです。で、わたしが小部屋へ帰ってきて、わが身の不運を泣いて泣いて泣きつくしてしまおうと、頭を枕に埋めたとたんに、床《ゆか》
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