た一面に秘密の穴倉が掘ってあって、そこには人間がまるで熊みたいに鎖につながれて入れられていました。そのそばを通りかかると、時おり鎖の鳴る音や、足枷《あしかせ》をはめられた人たちの呻き声が、聞えることもありました。そのむごい有様が、どうぞしてお役人衆の耳にとどくか、お役人衆が嗅ぎつけるかしてくれればいいがと、みんな心の中で思ってはいたものの、第一そのお役人衆が、てんで口ばしを入れる気がないのですから、なんにもなりはしません。おまけにそのお仕置きが永の年月つづき、中には一生涯出してもらえぬ人もありました。ある人などは長いこと入れられている間に、ついこんな歌を作ったほどでしたよ。――
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蛇《くちなわ》めが這いよって 目の玉を吸いだすよ
さそりめが顔のうえに 毒を垂れながすよ
[#ここで字下げ終わり]
こんな小っぽけな歌の文句も、ひとり胸の中でつぶやいてみると、思わず身の毛がよだつのでした。
なかにはまた、ほんとの熊と一つ鎖につながれている連中もありました。ほんの七分か八分の違いで、熊の爪がその身にかからないだけの話だったのです。
ただ一人アルカージイ・イリイーチの身にだけは、そんな責苦がふりかからずに済みました。というのは、戸口から一足跳びにわたしの小部屋へ飛び帰るが早いか、あっというまもなくテーブルを振りあげざま、いきなり窓枠いっぱい叩き破ったのですが、それから一体どうなったものか、あとは皆目おぼえがありません。……
なんだか足の方が冷え冷えするので、わたしはだんだん正気づいて来ました。急いで両足を引っこめた時の感じでは、わたしはどうやら狼か熊の毛皮外套にくるまっているらしいのですが、あたりは綾目もわかぬ真の闇、ただトロイカが威勢よく韋駄天ばしりに走っているのがそれと分るばかりで、一体どこへ行くものやら見当がつきません。わたしのそばには二人の男が一かたまりになって、広い橇の中に坐っているのですが、そのうちわたしをしっかり抱えているのがアルカージイ・イリイーチで、もう一人の男は力いっぱい馬に鞭をくれているのでした。……雪ぼこりは馬の蹄の下から渦まきかかって来るし、橇も右へ左へ、今にも引っくり返りそうに傾ぐのです。もしわたしたちが床板にじかに坐っていず、また互いに手を取りあっていなかったら、誰ひとり命はなかったに違いありません。
聞えるのは二
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