《かれ》は疲《つか》れて脱然《ぐつたり》して、不好不好《いやいや》ながら言《い》つてゐる。彼《かれ》の指《ゆび》は顫《ふる》へてゐる。其顏《そのかほ》を見《み》ても頭《あたま》が酷《ひど》く痛《いた》んでゐると云《い》ふのが解《わか》る。
『暖《あたゝか》い閑靜《かんせい》な書齋《しよさい》と、此《こ》の病室《びやうしつ》との間《あひだ》に、何《なん》の差《さ》も無《な》いのです。』と、アンドレイ、エヒミチは云《い》ふた。『人間《にんげん》の安心《あんしん》と、滿足《まんぞく》とは身外《しんぐわい》に在《あ》るのではなく、自身《じしん》の中《うち》に在《あ》るのです。』
『奈何云《どうい》ふ譯《わけ》で。』
『通常《つうじやう》の人間《にんげん》は、可《い》い事《こと》も、惡《わる》い事《こと》も皆《みな》身外《しんぐわい》から求《もと》めます。即《すなは》ち馬車《ばしや》だとか、書齋《しよさい》だとかと、然《しか》し思想家《しさうか》は自身《じしん》に求《もと》めるのです。』
『貴方《あなた》は那樣哲學《そんなてつがく》は、暖《あたゝか》な杏《あんず》の花《はな》の香《にほひ》のする
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