ん》に遇《あ》つたことを忘《わす》れる事《こと》が出來《でき》なかつた、便宜《べんぎ》も有《あ》らばもう一|度《ど》彼《かれ》を是非《ぜひ》尋《たづ》ねやうと思《おも》ふてゐた。

       (十)

 イワン、デミトリチは昨日《きのふ》と同《おな》じ位置《ゐち》に、兩手《りやうて》で頭《かしら》を抱《かゝ》へて、兩足《りやうあし》を縮《ちゞ》めた儘《まゝ》、横《よこ》に爲《な》つてゐて、顏《かほ》は見《み》えぬ。
『や、御機嫌《ごきげん》よう、今日《こんにち》は。』院長《ゐんちやう》は六|號室《がうしつ》へ入《はひ》つて云《い》ふた。『君《きみ》は眠《ねむ》つてゐるのですか?』
『いや私《わたくし》は貴方《あなた》の朋友《ほういう》ぢや無《な》いです。』と、イワン、デミトリチは枕《まくら》の中《うち》へ顏《かほ》を愈※[#二の字点、1−2−22]《いよ/\》埋《うづ》めて云《い》ふた。『又《また》甚麼《どんな》に貴方《あなた》は盡力《じんりよく》仕《し》やうが駄目《だめ》です、もう一|言《ごん》だつて私《わたくし》に口《くち》を開《ひら》かせる事《こと》は出來《でき》ません。』

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