らば! 貴方《あなた》は知識《ちしき》の有《あ》る人《ひと》です。』
ハヾトフは此時《このとき》少計《すこしばか》り戸《と》を開《あ》けて室内《しつない》を覗《のぞ》いた。イワン、デミトリチは頭巾《づきん》を被《かぶ》つて、妙《めう》な眼付《めつき》をしたり、顫《ふるへ》上《あが》つたり、神經的《しんけいてき》に病院服《びやうゐんふく》の前《まへ》を合《あ》はしたりしてゐる。院長《ゐんちやう》は其側《そのそば》に腰《こし》を掛《か》けて、頭《かしら》を垂《た》れて、凝《じつ》として心細《こゝろぼそ》いやうな、悲《かな》しいやうな樣子《やうす》で顏《かほ》を赤《あか》くしてゐる。ハヾトフは肩《かた》を縮《ちゞ》めて冷笑《れいせう》し、ニキタと見合《みあ》ふ。ニキタも同《おな》じく肩《かた》を縮《ちゞ》める。
翌日《よくじつ》ハヾトフは代診《だいしん》を伴《つ》れて別室《べつしつ》に來《き》て、玄關《げんくわん》の間《ま》で又《また》も立聞《たちぎゝ》。
『院長殿《ゐんちやうどの》、とう/\發狂《はつきやう》と御坐《ござ》つたわい。』と、ハヾトフは別室《べつしつ》を出《で》ながらの話《はなし》。
『主《しゆ》憐《あはれめ》よ、主《しゆ》憐《あはれめ》よ、主《しゆ》憐《あはれめ》よ!』と、敬虔《けいけん》なるセルゲイ、セルゲヰチは云《い》ひながら。ピカ/\と磨上《みがきあ》げた靴《くつ》を汚《よご》すまいと、庭《には》の水溜《みづたまり》を避《よ》け/\溜息《ためいき》をする。
『打明《うちあ》けて申《もを》しますとな、エウゲニイ、フエオドロヰチもう私《わたくし》は疾《と》うから這麼事《こんなこと》になりはせんかと思《おも》つてゐましたのさ。』
(十二)
其後《そのご》院長《ゐんちやう》アンドレイ、エヒミチは自分《じぶん》の周圍《まはり》の者《もの》の樣子《やうす》の、ガラリと變《かは》つた事《こと》を漸《やうや》く認《みと》めた。小使《こづかひ》、看護婦《かんごふ》、患者等《くわんじやら》は、彼《かれ》に往遇《ゆきあ》ふ度《たび》に、何《なに》をか問《と》ふものゝ如《ごと》き眼付《めつき》で見《み》る、行《ゆ》き過《す》ぎてからは私語《さゝや》く。折々《をり/\》庭《には》で遇《あ》ふ會計係《くわいけいがゝり》の小娘《こむすめ》の、彼《かれ》が愛《あい》してゐた所《ところ》のマアシアは、此《こ》の節《せつ》は彼《かれ》が微笑《びせう》して頭《あたま》でも撫《な》でやうとすると、急《いそ》いで遁出《にげだ》す。郵便局長《いうびんきよくちやう》のミハイル、アウエリヤヌヰチは、彼《かれ》の所《ところ》に來《き》て、彼《かれ》の話《はなし》を聞《き》いてはゐるが、先《さき》のやうに其《そ》れは眞實《まつたく》ですとはもう云《い》はぬ。何《なん》となく心配《しんぱい》さうな顏《かほ》で、左樣々々《さやう/\》、々々《/\》、と、打濕《うちしめ》つて云《い》つてるかと思《おも》ふと、やれヴオツカを止《よ》せの、麥酒《ビール》を止《や》めろのと勸《すゝめ》初《はじ》める。又《また》醫員《いゐん》のハヾトフも時々《とき/″\》來《き》ては、何故《なにゆゑ》かアルコール分子《ぶんし》の入《はひ》つてゐる飮物《のみもの》を止《よ》せ。ブローミウム加里《かり》を服《の》めと勸《すゝ》めて行《ゆ》くので。
八|月《ぐわつ》にアンドレイ、エヒミチは市役所《しやくしよ》から、少《すこ》し相談《さうだん》が有《あ》るに由《よ》つて、出頭《しゆつとう》を願《ねが》ふと云《い》ふ招状《せうじやう》が有《あ》つた、で、定刻《ていこく》に市役所《しやくしよ》に行《い》つて見《み》ると、もう地方軍令部長《ちはうぐんれいぶちやう》を初《はじ》め、郡立學校視學官《ぐんりつがくかうしがくゝわん》市役所員《しやくしよゐん》、それにドクトル、ハヾトフ、又《また》も一人《ひとり》の見知《みし》らぬブロンヂンの男《をとこ》、ずらり[#「ずらり」に傍点]と並《なら》んで控《ひか》へてゐる。傍《そば》にゐた者《もの》は直《す》ぐに院長《ゐんちやう》に此《こ》の人間《にんげん》を紹介《せうかい》した、猶且《やはり》ドクトルで、何《なん》だとかと云《い》ふポーランドの云《い》ひ惡《にく》い名《な》、此《こ》の町《まち》から三十ヴエルスタ計《ばか》り隔《へだゝ》つてゐる、或《あ》る育馬所《いくばしよ》に居《ゐ》る者《もの》、今日《けふ》此《こ》の町《まち》を何《なに》かの用《よう》で些《ちよつ》と通掛《とほりかゝ》つたので、此《こ》の場所《ばしよ》へ立寄《たちよ》つたとのことで。
『えゝ只今《たゞいま》、足下《そくか》に御關係《ごくわんけい》の有《あ》る事柄《ことがら
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