は》しながら、別室《べつしつ》まで行《い》つた。小使《こづかひ》のニキタは相《あひ》も變《かは》らず、雜具《がらくた》の塚《つか》の上《うへ》に轉《ころが》つてゐたのであるが、院長《ゐんちやう》の入《はひ》つて來《き》たのに吃驚《びつくり》して跳起《はねお》きた。
『ニキタ、今日《こんにち》は。』
と、院長《ゐんちやう》は柔《やさ》しく彼《かれ》に挨拶《あいさつ》して。
『此《こ》の猶太人《ジウ》に靴《くつ》でも與《あた》へたら奈何《どう》だ、然《さ》うでもせんと風邪《かぜ》を引《ひ》く。』
『はツ、拜承《かしこ》まりまして御坐《ござ》りまする。直《すぐ》に會計《くわいけい》に然《さ》う申《まを》しまして。』
『然《さ》うして下《くだ》さい、お前《まへ》は會計《くわいけい》に私《わたし》がさう云《い》つたと云《い》つて呉《く》れ。』
 玄關《げんくわん》から病室《びやうしつ》へ通《かよ》ふ戸《と》は開《ひら》かれてゐた。イワン、デミトリチは寐臺《ねだい》の上《うへ》に横《よこ》になつて、肘《ひぢ》を突《つ》いて、さも心配《しんぱい》さうに、人聲《ひとごゑ》がするので此方《こなた》を見《み》て耳《みゝ》を欹《そばだ》てゝゐる。と、急《きふ》に來《き》た人《ひと》の院長《ゐんちやう》だと解《わか》つたので、彼《かれ》は全身《ぜんしん》を怒《いかり》に顫《ふる》はして、寐床《ねどこ》から飛上《とびあが》り、眞赤《まつか》になつて、激怒《げきど》して、病室《びやうしつ》の眞中《まんなか》に走《はし》り出《で》て突立《つゝた》つた。
『やあ、院長《ゐんちやう》が來《き》たぞ!』
 イワン、デミトリチは高《たか》く叫《さけ》んで、笑《わら》ひ出《だ》す。
『來《き》た々々! 諸君《しよくん》お目出《めで》たう、院長閣下《ゐんちやうかくか》が我々《われ/\》を訪問《はうもん》せられた! 此《こ》ン畜生《ちくしやう》め!』
と、彼《かれ》は聲《こゑ》を甲走《かんばし》らして、地鞴踏《ぢだんだふ》んで、同室《どうしつ》の者等《ものら》の未《いま》だ嘗《か》つて見《み》ぬ騷方《さわぎかた》。
『此《こ》ン畜生《ちくしやう》! やい毆殺《ぶちころ》して了《しま》へ! 殺《ころ》しても足《た》るものか、便所《べんじよ》にでも敲込《たゝきこ》め!』
 院長《ゐんちやう》のアンドレイ、エヒミチ
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