い》つてゐる樣子《やうす》。誰《たれ》か若《も》し近着《ちかづき》でもすれば、極《きまり》惡《わる》さうに急《いそ》いで胸《むね》から何《なに》かを取《と》つて隱《かく》して了《しま》ふ。然《しか》し其祕密《そのひみつ》は直《すぐ》に解《わか》るのである。
『私《わたくし》をお祝《いは》ひなすつて下《くだ》さい。』
と、彼《かれ》は時々《とき/″\》イワン、デミトリチに云《い》ふことがある。
『私《わたくし》は第《だい》二|等《とう》のスタニスラウの勳章《くんしやう》を貰《もら》ひました。此《こ》の第《だい》二|等《とう》の勳章《くんしやう》は、全體《ぜんたい》なら外國人《ぐわいこくじん》でなければ貰《もら》へないのですが、私《わたくし》には其《そ》の、特別《とくべつ》を以《もつ》てね、例外《れいぐわい》と見《み》えます。』
と、彼《かれ》は訝《いぶ》かるやうに些《ちよつ》と眉《まゆ》を寄《よ》せて微笑《びせう》する。
『實《じつ》を申《まを》しますと、是《これ》はちと意外《いぐわい》でしたので。』
『私《わたくし》は奈何《どう》もさう云《い》ふものに就《つ》いては、全然《まるで》解《わか》らんのです。』
とイワン、デミトリチは愁《うれ》はしさうに答《こた》へる。
『然《しか》し私《わたくし》が早晩《さうばん》手《て》に入《い》れやうと思《おも》ひますのは、何《なん》だか知《し》つておゐでになりますか。』
先《もと》の郵便局員《いうびんきよくゐん》は、さも狡猾《ずる》さうに眼《め》を細《ほそ》めて云《い》ふ。
『私《わたくし》は屹度《きつと》此度《こんど》は瑞典《スウエーデン》の北極星《ほくきよくせい》の勳章《くんしやう》を貰《もら》はうと思《おも》つて居《を》るです、其勳章《そのくんしやう》こそは骨《ほね》を折《を》る甲斐《かひ》のあるものです。白《しろ》い十|字架《じか》に、黒《くろ》リボンの附《つ》いた、其《そ》れは立派《りつぱ》です。』
此《こ》の六|號室程《がうしつほど》單調《たんてう》な生活《せいくわつ》は、何處《どこ》を尋《たづ》ねても無《な》いであらう。朝《あさ》には患者等《くわんじやら》は、中風患者《ちゆうぶくわんじや》と、油切《あぶらぎ》つた農夫《のうふ》との外《ほか》は皆《みな》玄關《げんくわん》に行《い》つて、一つ大盥《おほだらひ》で顏《
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