《ばか》り片眼《かため》をパチ/\と、自分《じぶん》を見《み》て笑《わら》ふ。
アンドレイ、エヒミチは強《し》ひて心《こゝろ》を落着《おちつ》けて、何《なん》の、月《つき》も、監獄《かんごく》も其《そ》れが奈何《どう》なのだ、壯健《さうけん》な者《もの》も勳章《くんしやう》を着《つ》けてゐるではないか。と、然《さ》う思返《おもひかへ》したものゝ、猶且《やはり》失望《しつばう》は彼《かれ》の心《こゝろ》に愈※[#二の字点、1−2−22]《いよ/\》募《つの》つて、彼《かれ》は思《おも》はず兩《りやう》の手《て》に格子《かうし》を捉《とら》へ、力儘《ちからまか》せに搖動《ゆすぶ》つたが、堅固《けんご》な格子《かうし》はミチリとの音《おと》も爲《せ》ぬ。
荒凉《くわうりやう》の氣《き》に打《う》たれた彼《かれ》は、何《なに》かなして心《こゝろ》を紛《まぎ》らさんと、イワン、デミトリチの寐臺《ねだい》の所《ところ》に行《い》つて腰《こし》を掛《かけ》る。
『私《わたくし》はもう落膽《がつかり》して了《しま》ひましたよ、君《きみ》。』と、彼《かれ》は顫聲《ふるへごゑ》して、冷汗《ひやあせ》を拭《ふ》きながら。『全《まつた》く落膽《がつかり》して了《しま》ひました。』
『では一つ哲學《てつがく》の議論《ぎろん》でもお遣《や》んなさい。』と、イワン、デミトリチは冷笑《れいせう》する。
『あゝ絶體絶命《ぜつたいぜつめい》……然《さ》うだ。何時《いつ》か貴方《あなた》は露西亞《ロシヤ》には哲學《てつがく》は無《な》い、然《しか》し誰《たれ》も、彼《かれ》も、丁斑魚《めだか》でさへも哲學《てつがく》をすると有仰《おつしや》つたつけ。然《しか》し丁斑魚《めだか》が哲學《てつがく》をすればつて、誰《だれ》にも害《がい》は無《な》いのでせう。』アンドレイ、エヒミチは奈何《いか》にも情無《なさけな》いと云《い》ふやうな聲《こゑ》をして。『奈何《どう》して君《きみ》、那樣《そんな》に可《い》い氣味《きみ》だと云《い》ふやうな笑樣《わらひやう》をされるのです。幾《いく》ら丁斑魚《めだか》でも滿足《まんぞく》を得《え》られんなら、哲學《てつがく》を爲《せ》ずには居《を》られんでせう。苟《いやしく》も智慧《ちゑ》ある、教育《けういく》ある、自尊《じそん》ある、自由《じいう》を愛《あい》する、即《す
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