も殘念《ざんねん》な事《こと》だ、此《こ》の苦痛《くつう》な生活《せいくわつ》がオペラにあるやうな、アポテオズで終《をは》るのではなく、是《これ》があゝ死《し》で終《をは》るのだ。非人《ひにん》が來《き》て、死者《ししや》の手《て》や、足《あし》を捉《とら》へて穴《あな》の中《なか》に引込《ひきこ》んで了《しま》ふのだ、うツふ! だが何《なん》でもない……其換《そのかは》り俺《おれ》は彼《あ》の世《よ》から化《ば》けて來《き》て、此處《こゝ》らの奴等《やつら》を片端《かたツぱし》から嚇《おど》して呉《く》れる、皆《みんな》白髮《しらが》にして了《しま》つて遣《や》る。』
折《をり》しもモイセイカは外《そと》から歸《かへ》り來《きた》り、其處《そこ》に前院長《ぜんゐんちやう》のゐるのを見《み》て、直《すぐ》に手《て》を延《のば》し、
『一|錢《せん》お呉《くん》なさい!』
(十八)
アンドレイ、エヒミチは窓《まど》の所《ところ》に立《た》つて外《そと》を眺《なが》むれば、日《ひ》はもうとツぷり[#「とツぷり」に傍点]と暮《く》れ果《は》てゝ、那方《むかふ》の野廣《のびろ》い畑《はた》は暗《くら》かつたが、左《ひだり》の方《はう》の地平線上《ちへいせんじやう》より、今《いま》しも冷《つめ》たい金色《こんじき》の月《つき》が上《のぼ》る所《ところ》、病院《びやうゐん》の塀《へい》から百|歩計《ぽばか》りの處《ところ》に、石《いし》の牆《かき》の繞《めぐ》らされた高《たか》い、白《しろ》い家《いへ》が見《み》える。是《これ》は監獄《かんごく》で有《あ》る。
『是《これ》が現實《げんじつ》と云《い》ふものか。』アンドレイ、エヒミチは思《おも》はず慄然《ぞつ》とした。
凄然《せいぜん》たる月《つき》、塀《へい》の上《うへ》の釘《くぎ》、監獄《かんごく》、骨燒場《ほねやきば》の遠《とほ》い焔《ほのほ》、アンドレイ、エヒミチは有繋《さすが》に薄氣味惡《うすきみわる》い感《かん》に打《う》たれて、しよんぼり[#「しよんぼり」に傍点]と立《た》つてゐる。と直後《すぐうしろ》に、吐《ほつ》と計《ばか》り溜息《ためいき》の聲《こゑ》がする。振返《ふりかへ》れば胸《むね》に光《ひか》る徽章《きしやう》やら、勳章《くんしやう》やらを下《さ》げた男《をとこ》が、ニヤリと計
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