い顔になる者もあれば、とってつけたような笑顔を浮べる者もあるといった調子で、みな一様にひどく照れくさい思いをしながら、どうにかこうにか挨拶だけは済ませて、お茶の席についた。
なかでも一番てれくさい思いをしていたのはリャボーヴィチという二等大尉で、これは眼鏡をかけ、山猫みたいな頬髯をぴんと生やした、小兵《こひょう》で猫背な将校だった。今しがた同僚がとりどりに真面目くさった顔をしたり、とってつけたような笑顔を浮べたりしていた最中、彼の顔は山猫みたいな頬髯や眼鏡もろとも声を揃えて、『僕は旅団じゅうで一ばん弱気な、一ばん控え目な、一ばんぱっとしない将校なんですよ!』とでも言っているようだった。初めのうち、食堂へはいったり、やがてお茶の席についたりする間というもの、彼はいくら頑張っても自分の注意力を、何かきまった顔なり物なりに定着させることが出来なかった。いろんな顔、とりどりの衣裳、切子になったコニャックの壜、コップからたち昇る湯気、漆喰仕上げの天井の蛇腹――といったものが一つに融け合って、全体ひとかたまりの尨大な印象を作りあげ、それがリャボーヴィチにいても立ってもいられないほど不安の念と、穴あらば頭をすっぽり隠してしまいたいような思いを起させたのである。初めて公衆の前に立った講演者みたいに、彼には眼前にあるものが残らず見えていながら、しかもその見えているものが、どうもはっきり掴めないのだった(生理学者仲間では、このように対象が見えていながら理解できない状態を『心盲』と名づけている)。が暫らくすると、まわりに慣れて来て、リャボーヴィチは心の視力を取り戻し、そろそろ観察をはじめた。弱気で社交に馴れない人間の常として、彼の眼にまずイの一番に映じたのは、自分の身に生れてこの方あった覚えのないもの、というのはつまり――このお初《はつ》に知合いになった連中の並はずれた勇敢さだった。フォン=ラッベク、その夫人、二人のかなり年配の婦人、藤色の衣裳をつけたどこかの令嬢、例の人参色の頬髯の青年――これはラッベクの末っ子とわかったが、そうした連中は頗る手際よく、まるで予め稽古でもしておいたような鮮やかさで将校連の間に割り込んで席を占めたかと思うと、あっというまに猛烈な議論をおっぱじめたので、お客のほうでも思わず知らずその中へ巻き込まれてしまった。藤色の令嬢が口角泡を飛ばさんばかりの勢で、砲兵の
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