んだ迷惑や騒動を持ち込んで来たものだと、そんな気もしはじめた。多分なにか内輪の祝いごとか行事でもあって、子供づれの二人の妹をはじめ、弟たちや近隣の地主連までが寄り合ったところへ、見ず知らずの将校が十九人も乗り込んで来たのでは、義理にもよろこんで貰えるはずがあるだろうか?
さて二階へ通ると、大広間の入口で客を出迎えたのは、背の高いすらりと恰好のいい老婦人で、眉毛の黒い面長な顔をしているところは、ウージェニー皇后〔[#割り注]ナポレオン三世の妃、一八二六年に生れ一九二〇年に歿す[#割り注終わり]〕に生写しだった。愛想のいい、しかも威厳のある微笑を浮べながら、お客様がたをわが家へお迎え申し上げてまことに喜ばしい仕合せ至極に存じますと挨拶をし、ただくれぐれもお詫び申し上げたいことは、わたくしも主人もあいにくこのたびは、将校の皆様がたにゆるりと御一泊が願える都合に参りませんことでございますと述べた。その美しい、威厳のある微笑は、彼女が何かの用でお客の傍《わき》を向くたびごとに忽然としてその顔面から消え失せるのだったが、とにかくその微笑によって判断するに、彼女はその生涯に厭というほど沢山の将校諸君を見て来たので、今じゃ将校連などはまるで眼中になく、よしんば、こうして彼らを自分の屋敷へ招いて詫びごとを言いなどしているにしても、それは彼女の受けた教育や、社交界における地位のしからしむるところに過ぎないのだ、といったことは一見して明瞭だった。
大食堂へ将校連が通されて見ると、長いテーブルの一端に、十人ほどの紳士淑女が老若とりまぜて、お茶を前にして着席していた。その椅子の列のうしろには、ほのかな葉巻の烟につつまれて、男ばかりの一団がぼおっと霞んでいた。そのなかに、どこの何者だか痩せ形の青年が一人、ちょっぴり人参色の頬髯を生やし、つっ立っていて、変に喉仏《のどぼとけ》へからませた発音でもって何やら声高に英語を喋っていた。その一団のかげになっている扉口《とぐち》ごしには、明るい部屋が見えて、そこの家具は空色《そらいろ》ずくめだった。
「皆さん、何しろ大勢さんのことだから、とてもいちいちお引合せするわけにはゆかんですなあ!」と将軍は声高に、大いに陽気なところを見せようと努力しながら言った。「まあ皆さんで、銘々ざっくばらんにお近づきになって下さい!」
将校連は、大真面目を通り越していかつ
前へ
次へ
全24ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング