りつけます。それがすむと朝ごはんのお給仕をして、縫物をして、それからお午になり、夕方になります。
 だん/\、くらくなつていく窓をみてゐると、バルカは、なぜだかじぶんでもわからないなりに、ひとりでにほゝえまれて来ます。今にぐつすりねむれるよと、かう、くらやみが言つてくれるやうに思はれるからでせうか。しかし、夕方は夕方で、またお客さまが大ぜい来ます。
「バルカ、お茶の支度をおし。」
 おかみさんがどなります。湯わかしが小さいので、お客さまに、のみたりるだけお茶をのませるには、水を五へんもさしかへなければなりません。
「バルカ、ビールをかつてこい。」
「バルカ、酒をとつてこい。」
「コロップぬきはどこだい、バルカ。」
「にしんを洗ふんだつてばよ。早くおしよ。」
 やつと、お客さまはかへりました。あかりはけされ、親方もおかみさんも、寝床へはいつてしまひました。
「バルカ、ゆり籠をゆすぶりな。」
 一ばんおしまひの命令です。
 こほろぎがチル/\/\と鳴いてゐます。天井でぶる/\ふるへてゐる緑いろのあかるみ。ズボンや赤ん坊の着物の影。バルカは、そのうちに、またまぼろしをみるのでした。
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「ねん/\よう。
ねん/\よう。」
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 バルカはつぶやくやうにうたひます。赤ん坊は泣いて泣いて、へと/\になつても泣きつゞけます。バルカの頭の中には、又ぬかるみがあらはれました。袋をしよつた人。お父つあん。お母さん。
 あゝ、ねむい。おゝ、ねむい。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第八巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1932(昭和7)年7月
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2005年8月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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