利子が払えそうなんだ。
ワーリャ どうぞそうなればねえ!
ガーエフ 火曜日に出かけていって、もう一度話してみよう。(ワーリャに)泣かないでもいい。(アーニャに)ママさんはロパーヒンに相談するだろうさ。あの男は、もちろん、いやとは言うまい。……それからお前は、ひと休みしたら、ヤロスラーヴリの伯爵夫人のところへ行ってみるんだな、お前の大伯母さんだからね。といった工合に、三方から運動すれば――もうこっちのものだ。利子は払えるさ、断じてね。……(氷砂糖を口へ入れる)わたしの面目なりなんなり、なんでもかけて誓うが、この領地は売られるものかね! (興奮して)ぼくの幸福にかけて誓う! さあ、この手が証人だ(片手を相手に差出す)――もしこの僕が、ずるずる競売へまで持ちこませたら、その時こそ僕を、やくざとでも恥しらずとでも言うがいい! ぼくの全存在にかけて誓うよ!
アーニャ (気持の落ちつきが戻《もど》ってきて、彼女は幸福だ)あなたは、なんていい人でしょう、伯父さま、なんて利口な! (伯父を抱く)やっと安心したわ! わたし安心して、とても幸福!

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フィールス登場。
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フィールス (咎《とが》めるように)旦那さま、ばちが当りますぞ! いつおやすみになりますので?
ガーエフ ああ今、すぐだよ。お前はさがっていい、フィールス。なあに、こうなりゃもう、わたしは一人で着かえるよ。じゃ子供たち、お寝んねだよ。……詳しい話は明日《あす》のこととして、もう行って寝なさい。(アーニャとワーリャにキスする)わたしは八〇年代([#ここから割り注]訳注 一八八〇年代。ナロードニキー運動の退潮期[#ここで割り注終わり])の人間だ。……なるほど評判のわるい時代じゃあるが、それにしたって、こうは言えるな――信念のため僕だって、少なからぬ苦痛をなめてきたもんだとね。百姓が僕を好いてくれるのも、まんざら不思議はない。農民を知らなくてはいかん! そもそも彼らが、いかなる……
アーニャ また、伯父さま!
ワーリャ 伯父さん、黙ってらっしゃい。
フィールス (腹だたしげに)旦那さま!
ガーエフ 行くよ、行くよ。……二人とも寝なさいよ。トゥー・クッションで真ん中へ! みごとなやつをな……(退場。フィールスちょこちょこと後にしたがう)
アーニャ これで安心だわ。ヤロスラーヴリへなんか、わたし行きたくない。あのおばあさま、嫌《きら》いなんだもの。でも、とにかくホッとしたわ。ありがとう、伯父さま。(腰かける)
ワーリャ もう寝なくっちゃ。どれ行きましょう。そうそう、あんたの留守のまに、厭なことがあったの。あの古いほうの下《しも》部屋には、あんたも知ってのとおり、古手の召使ばかりいるでしょう、――エフィーミュシカだの、ポーリャだの、エフスチーグネイだの、カールプだのって。あの連中、どこかの浮浪人どもを引っぱりこんで泊めだしたのよ。わたし黙っていてやった。そこへ耳にはいったんだけど、わたしがあの連中にエンドウ豆ばかり食べさせるような、そんな噂《うわさ》を飛ばしてるの。しわん坊だから、ですってさ。……それがみんな、エフスチーグネイの仕業なの。……「よし、そんならこっちも覚悟がある」と、わたしは思ってね、エフスチーグネイを呼びつけた……(あくびをする)するとやって来たから……「なんてお前は、ええエフスチーグネイ……馬鹿《ばか》なんだい」って言ってね……(アーニャを見て)アーニチカ!……(間)寝ちまった。……(アーニャの腕をかかえて)さ、ベッドへ行きましょう。……さ、行くのよ! ……(連れて行く)わたしのいい子がおねんねだ! さ、行きましょう……(ふたり行く)

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はるか庭の彼方《かなた》で、牧夫が芦笛《あしぶえ》を吹く。トロフィーモフが舞台を通りかかり、ワーリャとアーニャを見て、立ちどまる。
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ワーリャ しッ……このひと寝てるのよ。……寝てるのよ。さあ行きましょうね、可愛い子。
アーニャ (小声で、夢見ごこちで)とてもくたびれたわ、わたし……まだ馬車の鈴の音がしてるわ。……伯父さま……いい人ね、ママも、伯父さまも……
ワーリャ 行きましょう、アーニチカ、行きましょうね……(アーニャの部屋へはいる)
トロフィーモフ (感きわまって)おお、ぼくの太陽! ぼくの青春!
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[#地から2字上げ]――幕――
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     第二幕

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野外。とうに見すてられ、傾きかかった古い小さな礼拝堂がある。そのそばに井戸。もとは墓標であったとおぼしい大きな石が幾つか。古びたベンチ
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