エフ あいつ、自分のことばかりだ。
ピーシチク 二百四十ルーブリ……担保の利子を払うんでね。
ラネーフスカヤ お金なんかありませんよ、わたし……
ピーシチク 返しますからさ、奥さん。……わずかな金高じゃありませんか……
ラネーフスカヤ じゃいいわ、レオニードにたのみましょう。……出してあげて、レオニード。
ガーエフ よし、出してやろう。ポケットをあけて待ってるがいい。
ラネーフスカヤ 仕方がないじゃないの、出したげなさいよ。……この人いるんだから……。返すと言うんだし。

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ラネーフスカヤ夫人、トロフィーモフ、ピーシチク、フィールス退場。ガーエフ、ワーリャ、ヤーシャ残る。
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ガーエフ 妹は、まだ金をばらまく癖が直らんな。(ヤーシャに)いい子だから、も少しあっちい行ってくれ。お前はニワトリ臭くてかなわん。
ヤーシャ (冷笑をうかべて)そういう旦那は、相変らずでらっしゃるね。
ガーエフ なに? (ワーリャに)こいつ、なんと言ったのかね。
ワーリャ (ヤーシャに)お前のおっ母さんが村から出て来て、きのうから下《しも》の部屋で待ってるよ、ちょっと会いたいって……
ヤーシャ ちえっ、うるさいったらありゃしねえ!
ワーリャ まあ、いけ図々《ずうずう》しい!
ヤーシャ 余計なこった。あすでも来りゃいいのにさ。(退場)
ワーリャ お母さんは相変らずで、ちっともお変りにならない。勝手にさせておいたら、何もかも人にやってしまうわ。
ガーエフ そうさ……(間)何かの病気にたいして、あれもこれもと、いろんな薬をすすめるような時は、つまりその病気が不治だというわけだ。わたしも、脳みそをしぼって考えてるんだが、するといろんな手が浮ぶね。あんまり沢山あるもんで、つまり本当のところは、一つもないということになる。誰かの遺産がころげこめばよし、アーニャを大金持のところへ嫁にやるのもよし、それともヤロスラーヴリへ出かけて行って、伯爵《はくしゃく》夫人の伯母さんにぶつかってみるのも悪くはあるまい。伯母さんは、とてもどえらい金持だからな。
ワーリャ (泣く)どうぞそうなればねえ。
ガーエフ 泣かないでもいい。伯母さんはとても金持なんだが、われわれ兄妹《きょうだい》がお好きじゃない。だいいち妹が、貴族でもない弁護士|風情《ふぜい》にとついだものでな……

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アーニャがドアのところに現われる。
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ガーエフ 貴族でもない男と結婚した上に、行状も大いに宜《よろ》しかったとは言えないからな。あれは立派な女だ。気立てもいいし、親切だ。わたしは大好きなんだが、それにしたって、いくらヒイキ目に見たところで、やはり不身持ちなことだけは認めないわけには行かん。こいつは、ちょっとした身ぶり一つにも出ているよ。
ワーリャ (ひそひそ声で)アーニャがドアのところにいますよ。
ガーエフ なんだって? (間)おや、おかしい、何か右の眼《め》にはいった……よく見えないぞ。それで木曜にね、地方裁判所へ行ったら……

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アーニャはいってくる。
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ワーリャ どうして寝ないの、アーニャ?
アーニャ 寝られないの。だめなの。
ガーエフ 可愛い子。(アーニャの顔や手にキスする)わたしの子……(涙ごえで)お前は姪《めい》どころじゃない、わたしのエンジェルだ、わたしの一切だ。信じておくれ、わたしを、ほんとだよ……
アーニャ 信じてますわ、伯父さん。みんなあなたが好きで、尊敬しています……でもねえ、伯父さん、あなたは黙ってらっしゃらなけりゃいけないわ、ただじっと黙ってね。今しがたも、わたしのママのことを、なんて言ってらしたの? ご自分の妹じゃありませんか? なんだって、あんなことを仰《おっ》しゃるの?
ガーエフ なるほど、なるほど……(彼女の片手で自分の顔をおおう)まったく、厭《いや》になるよ! いやどうも、情けないこった! おまけに先刻《さっき》は、本棚《ほんだな》の前で演説をした……ばかばかしい! 済んでからやっと、ばかげていることがわかったんだ。
ワーリャ ほんとよ、伯父さん、黙ってらっしゃるに限るわ。黙っていれば、それでいいのよ。
アーニャ 黙ってらっしゃれば、ご自分だって気が休まるわ。
ガーエフ 黙るよ。(アーニャとワーリャの手にキスする)黙るよ。ただ、ちょっと大事な話があるんだ、木曜に地方裁判所へ行ったら、偶然、仲間が寄り合っちまってね、あれやこれやと四方山《よもやま》ばなしが出たなかで、どうやらその、手形で金を借りて、銀行の
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