れ、まあ一息つかしてください……へとへとだ。……皆さん、ご機嫌……。水をいっぱい……
ガーエフ どうせまた金のことだろう? 桑原桑原、まっぴらご免……(退場)
ピーシチク 久しくごぶさたしましたなあ……奥さん……(ロパーヒンに)君もいたのか……こいつは嬉しい……よう、天下一の知恵ぶくろ……取ってくれ……まあこれを。……(ロパーヒンに金を渡す)四百ルーブリだ……あとまだ八百四十、借りになってるが……
ロパーヒン (けげんそうに肩をすくめる)こりゃ夢のようだ。……一体どこで手に入れたんだね?
ピーシチク まあ待ってくれ……暑い……。前代未聞《ぜんだいみもん》の大事件なんだ。わしのところへイギリス人どもがやって来てね、地面から何か古い粘土を見つけたのさ。……(ラネーフスカヤ夫人に)あなたにも四百……な、天人のような奥さん。……(金をわたす)あとはまた後ほど。(水を飲む)今しがた、どこかの若い男が汽車の中で話しておったが、なんとかいう……偉大な哲学者は、屋根から飛びおりろ、と勧めておるそうだ……「飛びおりろ!」――それだけのことだ、とな。(仰天したように)こりゃどうだ! 水を一杯! ……
ロパーヒン イギリス人って、いったい何者かね?
ピーシチク とにかくその連中に、粘土の出る地面を向う二十四年間、貸したんだ。……ところで今は、申しわけないが暇がない……話の先を急ぐんでね。……これから、ズノイコフのところへ行く……それからカルダーモノフのところへもね。……みんな借りがあるのさ。……(飲む)ではこれで失礼。……木曜にまた伺います……
ラネーフスカヤ わたしたち、すぐこれから町へ引越して、あしたわたしは外国へ〔発《た》ちますの〕……
ピーシチク なんですと? (そわそわして)なぜまた町へなんぞ? いや、なるほどこうして見ると、家具だの……トランクだの……。なあに、平気ですよ。……(涙ごえで)大丈夫ですよ。……いやどうも、えらい知恵者ですなあ――あのイギリス人というやつは……。なあに大丈夫……どうぞお仕合せで……。なんでもありませんよ。……神さまが助けてくださいますとも……大丈夫ですよ。……この世のことは何ごとも終りありでしてな。……(ラネーフスカヤ夫人の手にキスする)もし風の便りにでも、このわたしに終りが来たという噂《うわさ》がお耳にはいったら、どうか、このそれ……馬のことを思いだして、「そうそう、昔あのなんとかいう奴……シメオーノフ=ピーシチクという男もいたっけな……安らかに昇天せんことを」とでも言ってください。……いや、すばらしい上天気ですなあ。……まったく……(へどもどして退場。が、すぐ引返してきて、ドアのところで)うちのダーシェンカが宜《よろ》しくと申しました! (退場)
ラネーフスカヤ さ、これでもう出かけられる。じつはわたし、発って行くのに、気がかりなことが二つあるの。一つは――病気のフィールス。(時計をのぞいてみて)まだ五分ほどいいわ……
アーニャ ママ、フィールスはもう病院へやったわ。ヤーシャがけさやったの。
ラネーフスカヤ もう一つの心配は――ワーリャのこと。あの子は、早起きをして働きつけてるものだから、今じゃ仕事がなくて、魚が水をはなれたも同然よ。痩《や》せて、顔色が悪くなって、可哀そうに泣いてばかりいるわ。……(間)あなたはそれを、よくご存じのはずね、ロパーヒンさん。わたしはこう思っていましたの……あの子をあなたのところへとね。それにあなたのほうでも、お見受けするところ、結婚なさりそうな模様でしたものね。(アーニャに耳うちする。アーニャはシャルロッタにうなずいて見せ、ふたり退場)あの子はあなたを愛していますし、あなたもあれがまんざらでもなさそうなのに、わからないわ、どうもわからない、なぜあなたがた二人は、おたがい避け合うようなふうをなさるのか。わからないわ!
ロパーヒン わたし自身も、じつはわからないんです。どうも何かこう妙な具合でしてね。……まだ時間があるようなら、わたしは今すぐでも結構です。……一気に片をつけて――あがりにします。あなたがいらっしゃらなくなると、どうもわたしは、申込みをしそうもありませんよ。
ラネーフスカヤ 願ったりですわ。一分もありゃ、じゅうぶんですものね。すぐあの子を呼びましょう。
ロパーヒン ちょうどシャンパンもあります。(小型グラスをすかして見て)おや、空《から》だ、誰かもう飲んじまった。(ヤーシャ咳払《せきばら》いをする)がぶ飲みとはこのことだ……
ラネーフスカヤ (いそいそと)結構だわね。わたしたちは向うへ……ヤーシャ、|おいで《アレ》! いま呼びますからね……(ドアの口へ)ワーリャ、そこはほっといて、こっちへおいで。さ、早く! (ヤーシャとともに退場)
ロパーヒン (時計をのぞいて)
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