《がら》じゃまるでなくってよ」
ある夜ふけのこと、遊び仲間の役人と連れだって医師クラブを出ながら、彼はとうとう我慢がならなくなって口を切った。――
「実はねえ君、ヤールタで僕はうっとりするような美人と交際を結んだんですよ!」
役人は橇に乗りこみ、しばらく走らせていたが、急に振り返りざま彼の名を呼んだ。――
「ドミートリイ・ドミートリチ!」
「ええ?」
「いや先刻あんたの言われたのは本当でしたな。いかにもあの※[#「魚+潯のつくり」、第4水準2−93−82]魚《ちょうざめ》は臭みがありましたわい!」
こんな何の変哲もない言葉が、どうした加減かぐいとグーロフの癇《かん》に触って、いかにも浅ましい不潔な言い草に思われた。何という野蛮な風習、何という連中なのだろう! 何という愚かしい毎夜、何という詰らない下らない毎日だろう! 半狂乱のカルタ遊び、暴食に暴飲、だらだらと果てしのないいつも一つ題目の会話。役にも立たぬ手なぐさみや、一つ話題のくどくど話に、一日で一番いい時間と最上の精力をとられて、とどのつまり残るものといったら、何やらこう尻尾《しっぽ》も翼《はね》も失せたような生活、何やらこう
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