晩がた停車場でアンナ・セルゲーヴナを見送ってから、これで万事おしまいだ、もう二度と会うことはあるまい、と心につぶやいたことを思い出した。それが、おしまいまではまだまだ何と遠いことだろう!
『立見席御入口』と掲示の出ている狭い薄暗い階段の中途で、彼女は立ちどまった。
「ずいぶん人をびっくりさせる方《かた》ねえ!」と彼女は苦しそうに息をつきながら言った。いまだに真っ蒼《さお》な、あっけにとられたような顔だった。「ええ、ほんとに人をびっくりさせる方ですわ! わたし生きた心地もないくらい。何だって出掛けていらしたの? なぜですの?」
「でも察してください、アンナ、察して……」と彼は小声で、急《せ》きこんで言った。「後生だから察して……」
彼女は恐怖と哀願と愛情の入れまじった眼差《まなざ》しで彼を見つめた。彼の面影をなるべくしっかり記憶に刻みつけようと、まじまじと見つめるのだった。
「わたしとても苦しんでいますの!」と彼女は、相手の言葉には耳をかさずにつづけた。「わたしはしょっちゅうあなたの事ばかり考えていたの、あなたのことを考えるだけで生きていたの。そして、忘れよう忘れようと思っていたのに、あなたは何だって、何だってまた出掛けていらしったの?」
少し上の踊り場で、中学生が二人煙草を吹かしながら見おろしていたが、グーロフにはそんなことはどうでもよく、アンナ・セルゲーヴナを自分の方へ引き寄せると、その顔や頬や手に接吻しはじめた。
「何をなさるの、何をなさるの!」彼女は男を押しのけながら、おびえ切って言うのだった。「これじゃ二人とも狂気の沙汰ですわ。今日にもここを発《た》ってちょうだい、今すぐこの足で発ってちょうだい。……神かけてのお願いですわ、後生ですわ。……ああ誰か来る!」
階段の下の方から誰やらあがって来た。
「あなたはお発ちにならなきゃいけないのよ……」とアンナ・セルゲーヴナはひそひそ声でつづけた。「ね、いいこと、ドミートリイ・ドミートリチ? わたしの方からモスクヴァへお目にかかりに行きますわ。わたしは一日だって仕合せだったことはなし、現在も不仕合せだし、これから先だって決して仕合せになりっこはないの、決してないの! この上またわたしを苦しまさせないで下さいまし! 指切りですわ、わたしがモスクヴァへ行きますわ。でも今日はお別れにしましょう! ね、わたしの大事な大事な
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