有様は、まるで長い眠りからめざめた人のようだった。獣医の奥さんもやって来たが、これは痩せほそった器量のわるい婦人で、髪の毛は短く、意地っぱりらしい顔つきだったし、また一緒について来たサーシャという子は、年のわりに小柄で(彼はもう十歳《とお》になっていた)、まるまると肥って、きれいな空色の目をして、両の頬には靨《えくぼ》があった。少年は庭へはいるが早いか、すぐに小猫を追っかけまわしはじめ、かと思うとたちまちもう彼の快活なうれしそうな笑い声がきこえた。
「おばさん、これおばさんとこの猫?」と彼はオーレンカに聞いた。「この猫が仔《こ》を生んだら、済まないけど、うちにも一匹くださいね。ママはとてもねずみがきらいなの」
オーレンカは少年を相手にしばらく話したり、お茶を飲ませてやったりするうちに、彼女の心臓は胸の底でみるみる温かくなり、あまくしめつけられて来たぐあいは、さながらこの少年が生みのわが子ででもあるようだった。そして、晩になって彼が食堂に腰かけて復習をしていると、彼女は感動と同情のこもった眸でじっとその顔を眺めながら、こうささやくのだった。――
「まあ、なんて可愛らしい、きれいな子だろ
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