いたのは、やはり教会から帰る途中のヴァシーリイ・アンドレーイチ・プストヴァーロフという近所の男で、これは大問屋ババカーエフの材木置場の管理をまかされている人物だった。彼は麦わら帽子をかぶって、白いチョッキには金鎖をからませなどして、小商人というよりむしろ地主の旦那然としたいでたちだった。
「何事によらず物にはそれぞれ定まった命数というものがありましてね、オリガ・セミョーノヴナ」と彼は悟り澄ましたような調子で、声に同情を含ませて話すのだった。「ですから誰か身うちの者が死んだとしても、それはつまり神様の思召しなんですから、そんな場合にもわれわれは気をしっかり持って、すなおに堪《た》え忍ばなければならないんですよ」
オーレンカを木戸のところまで送って来ると、彼は別れを告げて、そのまま向こうへ歩いて行った。それ以来というもの、日がな日ねもす彼女の耳には彼の悟り澄ましたような声がきこえ、ちょいと眼をつぶってもたちまち彼の真っ黒な髯《ひげ》がちらつくようになった。彼女はすっかり彼が気に入ってしまったのである。それのみか、どうやら彼女の方からも相手の胸に感銘を与えたらしいという証拠には、それから二
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