どこのトゥールキンのお話ですかな? あの、娘さんがピアノを弾きなさるうちのことですかな?」
彼の方のお話はこれでおしまいである。
さてトゥールキン家の方は? イヴァン・ペトローヴィチは年もとらず、ちっとも変わらないで、例によって例の如くのべつ洒落のめしたり一口噺をやったりしている。ヴェーラ・イオーシフォヴナはお客の前で自作の小説を、例の心《しん》から気置きのない態度で、相変らずいそいそと読んできかせる。さて猫ちゃんは、ピアノを毎日毎日四時間ずつも弾いている。彼女は目だって年をとって、ちょいちょい病気をするようになって、秋になるときまってクリミヤへ母親と一緒に出掛けてゆく。イヴァン・ペトローヴィチはふたりを停車場まで送って行き、汽車が動きだすと、涙をぬぐってこう叫ぶ。――
「さようならどうぞ!」
そしてハンカチを振る。
訳注
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『榾あかり』の唄――ロシヤ農家の宵の情景をうたった哀調ゆたかな民謡。ただし榾とは言っても囲炉裏《いろり》にくべるのではなくて、白樺《しらかば》など脂《あぶら》の多い木の榾を暖炉の上に立てて蝋燭《ろうそく》代りにともすのがロ
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