ないで!」
 彼は孤独である。来る日も来る日も退屈で、彼の興味をひくものは何一つない。
 彼がヂャリージに住むようになってから今日までを通じて、猫ちゃんに恋したことが後にも先にもたった一つの、そして恐らくはこれを最後の悦《よろこ》びごとであった。毎ばん彼はクラブへ行って|カルタ遊び《ヴィント》をやり、それから一人っきりで大きな食卓へ向かって夜食をとる。彼の給仕をするのはイヴァンという一番年のいった長老株のボーイで、十七番の*ラフィットを出すのがおきまりだが、今ではもうクラブの世話人からコックやボーイに至るまで、一人のこらず彼の好き嫌いを呑み込んでいて、ひたすらお気に召すようにと精根を傾けている。やりそこなったら最後、まず碌《ろく》なことはなく、やにわに怫然《ふつぜん》と色をなして、ステッキで床をこつこつやりだすのが落ちである。
 夜食をやりながら、彼は時によると振り返って、何かの話に割り込んで来ることもある。――
「それはあなた何のお話ですかな? はあ? 誰の?」
 またどこか近所の食卓で、談たまたまトゥールキン家のことに及んだりすると、彼はこんなふうにたずねる。――
「それはあなた、
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