ら、お仕舞いになるのを待っていた。
『無能だというのは』と彼は考えるのだった、『小説の書けない人のことではない、書いてもそのことが隠せない人のことなのだ』
「悪《あ》しくもないて」とイヴァン・ペトローヴィチが言った。
それからエカテリーナ・イヴァーノヴナがピアノを騒々しく長々と弾いて、それがやっと済むと、みんなで長いことお礼を言ったり感心したりした。
『よかったなあ、この人をもらわないで』とスタールツェフは思った。
彼女は彼の方を見つめていて、その様子はどうやら彼がお庭へ参りましょうと言い出すのを待っているらしかったが、彼は黙っていた。
「ねえ、すこしお話しを致しましょうよ」と彼女は歩み寄って来てそう言った。「いかがお暮しですの? 何をしていらして? どうですの? わたくしこの頃はずっとあなたのことばかり考えておりましたのよ」と彼女は神経質な調子でつづけた。「お手紙を差しあげようかしら、自分でヂャリージへお訪ねしてみようかしらと思って、とうとうお訪ねすることに決めたんですけど、またあとで思い返しましたの――だって現在あなたがわたくしのことをどう思っていて下さるのか分からないんですも
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