お肥りになって! 日に焼けて、大人っぽくおなりになったけれど、でも全体にはあまりお変わりになりませんのね」
 いま見ても彼はこの人が好きになれた。それどころか大いに好きになれたが、しかし今ではこの人に何か足りないもの、さもなければ何か余計なものがあって――もっとも彼自身にも明らかにこれと名指すことはできなかったが、とにかく何かしらが、もはや彼に以前のような感情を抱くことを妨げるのだった。彼の気に入らなかったのは彼女の蒼白さ、むかしはなかった表情、弱々しい微笑、それから声だったが、しばらくすると今度はもうその衣裳も、彼女のかけている肱掛椅子《ひじかけいす》も気にくわなくなり、すんでのことで彼女をもらうところだった過去の記憶にも何やら気にくわぬものが出来てきた。彼はかつて四年まえにわが胸をかき乱していた自分の思慕や夢想や望みを思いだして、変にくすぐったい気持になった。
 甘いドーナッツでお茶を飲んだ。それからヴェーラ・イオーシフォヴナが小説の朗読にかかって、ついぞこの人生にありようもない絵そら事を読み上げて行ったが、スタールツェフはそれに耳を傾けたり、彼女の美しい白髪あたまを眺めたりしなが
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