とってつけたように溜息をついて、こう言った。――
「ねえ先生、あなたはわたくしに慇懃《いんぎん》をお寄せくださる思召しがおありなさらないのね、さっぱりわたくしどもへお見えにならないじゃありませんの、どうせあなたには私なんぞもうお婆さんですものね。でもそら、若いのが参っておりましてよ。この人の方はわたくしより持てそうですわねえ」
 さてその猫ちゃんは? 彼女は前よりも瘠せて、顔の色つやが落ち、それと同時に器量もあがれば姿もよくなっていた。しかしこれはもうエカテリーナ・イヴァーノヴナで、猫ちゃんではなかった。もはや以前の新鮮さも、子ども子どもした罪のない表情もなかった。その眼ざしにも身のこなしにも、何かこう今まではなかったもの――遠慮がちなおどおどした様子があって、現にこのトゥールキンの家にいながら、まるで今ではもうわが家にいる心地がしないといったふうだった。
「ほんとに幾夏、幾冬ぶりでしょう!」と彼女はスタールツェフに手をさし伸べながら言ったが、胸の動悸がはげしく打っていることはありありと見てとられた。そしてじいっと、さも物珍しげに彼の顔にみいりながら、彼女は言葉をつづけた。「まあなんて
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