ばかりなので、聞いているだけでむしゃくしゃと癇癪《かんしゃく》が起きて来るのだったが、それでも沈黙を守っていた。で彼がいつもむっつり黙り込んで皿の中ばかり睨《にら》んでいるもので、町では彼に『高慢ちきなポーランド人』という綽名《あだな》を奉ってしまったが、彼としてはついぞポーランド人になった覚えはなかった。
芝居や音楽会などという娯楽からも彼は遠ざかっていたが、その代り|カルタ遊び《ヴィント》は毎晩かかさずに、三時間ぐらいずつも楽しく遊びふけるのだった。それから彼にはもう一つ別の楽しみがあって、いつとはなくだんだんそれが癖になってしまっていたが、それはつまり毎晩ポケットから診察でかせいだ紙幣を引っぱり出してみることで、日によると黄いろや緑いろのお札《さつ》が、香水だの、酢だの、抹香だの、肝油だのとりどりの匂いを発散させながら、方々のポケットに七十ルーブルから詰まっていることがあった。それが積もって何百かになると、彼は『相互信用組合』へ持って行って当座預金へ振り込むのだった。
エカテリーナ・イヴァーノヴナが立って行ってからまる四年の間に、彼がトゥールキン家を訪れたのは後にも先にもたっ
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