券だの死刑だのといったものは無くて済むようになるでしょう、例えばそんな話をもちかけると、その相手でさえじろりと横眼でさも胡散《うさん》くさそうに彼を眺めて、『と仰しゃるとつまり、その時はみんなが往来で相手かまわず斬《き》って捨ててもいいわけですね?』と聞き返すといった調子だった。またスタールツェフが誰かと一緒に夜食なりお茶なりをやりながら、人間は働くということが必要ですね、働かないではとても生きて行けませんねなどと話すと、相手はきまってそれを非難と取って、怒りだしながらねちねちと議論を吹っかけて来るのだった。そのくせこの連中は仕事といったら何一つ、断じて何一つしないし、また何かに興味を持つということもないのだから、それを相手になんの話をしたものやら、とんと思案がつかなかった。でスタールツェフは談話を避けて、飲み食いや|カルタ遊び《ヴィント》の方だけを専門にし、仮にひょっくりどこか往診先で、家庭のお祝いにぶつかって食事に招待されたような時でも、席について皿の中をみつめたまま、黙って口を動かすのであった。しかもこうした席で出る話と来たら、どれもこれも面白くもない、偏頗《へんぱ》で愚劣なこと
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