ることになった。春になって、ある祭日のこと――それは昇天節の日だった――患者の診察を済ませるとスタールツェフは、ちょいと気散じがてら二つ三つ買物もあって、町へ出掛けた。彼はぶらぶら歩いて行ったが(実はまだ自分の馬車がなかったので)、のべつこんな歌を口ずさんでいた。――
[#天から3字下げ]浮世の杯《つき》の涙をば、まだ味わわぬその頃は……
町で食事をしてから、彼は公園をちょっとぶらついた。やがてそのうちにイヴァン・ペトローヴィチの招待のことが自《おの》ずと思い出されたので、ひとつトゥールキン家へ乗り込んで、どんな連中なのか見てやろうと肚《はら》を決めた。
「ようこそどうぞ」とイヴァン・ペトローヴィチは、昇り口で彼を出迎えながら言った。「これはどうも御珍客で、いやはや実に喜ばしい次第です。さあさこちらへ、ひとつ最愛の妻にお引き合わせ致しましょう。私はこの方《かた》にこう申し上げているんだよ、ねえヴェーロチカ」と彼は、医師を妻に紹介しながら言葉をつづけた。「こう申し上げているんだよ、この方としたものが御自分の病院にばかり引っこもっておられるなんて、そんなローマ法があるものじゃない、す
前へ
次へ
全49ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング