憫さのあまりいきなり手放しでおいおい泣き出すか、さもなければ蝙蝠傘《こうもりがさ》でもってパンテレイモンの幅びろな肩を、力任せにどやしつけるかしたい気がするのだった。
 それから三日ほどはてんで何事も手につかず、食事もしなければ眠りもしなかったが、やがてエカテリーナ・イヴァーノヴナが音楽学校にはいりにモスクヴァへ出発したという噂が耳にとどくと、彼はやっと落ち着きを取り戻して、また元の生活に返った。
 そののち、自分があの晩、墓地をほっつき歩いたり、町じゅう駈けずりまわって燕尾服をさがしたりしたことを時たま思い出すと、彼はだるそうに伸びをして、こう言うのだった。――
「御苦労千万なことさ、何しろ!」

       四

 四年たった。今ではもうスタールツェフには町にもたくさん患家があった。毎あさ彼はヂャリージでの宅診を急いで済ませてから、町へ往診に出かけるのだったが、その馬車ももう二頭立てではなく、じゃらじゃら小鈴のついた|三頭立て《トロイカ》で、いつも帰りは夜がふけた。彼はでっぷり肥って来て、おまけに喘息《ぜんそく》もちになったので、歩くのが億劫でならなかった。パンテレイモンもやはり
前へ 次へ
全49ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング