ミートリイ・イオーヌィチ』と発音したとたんに例の『アレクセイ・フェオフィラークトィチ』を思い出したからだった)、ねえドミートリイ・イオーヌィチ、あなたは親切な立派な聡明なかたですわ、あなた他のどなたより優れた方ですわ……」と言った彼女の眼には涙がにじみ出た、「わたくし心の底から御同情いたしますわ、けれど……けれどあなたも分かって下さいますわね……」
そして、泣きだすまいとして、彼女はくるりと身をひるがえすと、客間を出て行ってしまった。
スタールツェフは、今の今まで不安げに打っていた動悸がぱったり止《や》んでしまった。クラブを出て往来に立つと、彼はまず第一にこちこちのネクタイを襟《えり》もとから引んもぎって、胸いっぱいにふうっと息をついた。彼は少々恥ずかしくもあり、自尊心も傷つけられていたし、――まさか拒絶されようとは思いもかけなかったので、――おまけに自分があれほどに夢み、悩み、望んでいたことの一切が、まるで素人芝居のけちな脚本にでもあるようなこんな馬鹿げた結末を告げたなどとは、とても信じる気にはなれずにいた。そして自分の感情が、この自分の恋がいかにも不憫《ふびん》でならず、その不
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