うな』とスタールツェフは、ぼんやり耳を傾けながら考えていた。
ゆうべ一睡もしなかったので、彼はふらふらとめまいがして、まるで何か甘ったるい睡眠剤でも嚥《の》まされたような状態だった。気持はもやもやしていたが、それでいて妙にうれしいような温々《ぬくぬく》とした気分で、しかもそのいっぽう頭の中では、何やら冷やかな重くるしい片《きれ》はしが、こんな理屈をこねていた。――
『思いとまるんだね、手後れにならんうちにな! あれがお前の手に合う女かい? あれは甘やかされ放題のわがまま娘で、昼の二時までも寝る女なのに、お前と来たら番僧の倅《せがれ》で、たかが田舎医者じゃないか……』
『ふん、それがどうした?』と彼は考えた。『いっこう平気じゃないか』
『それだけじゃない、お前があの娘をもらったら』とその片はしは続けた、『あれの親類一統はお前に田舎の勤めをやめて、町へ出て来いと言うだろう』
『ふん、それがどうした?』と彼は考えた。『町なら町でいいじゃないか。花嫁についた財産《もの》がないじゃなし、それで立派に門戸が張れようじゃないか……』
やっとのことでエカテリーナ・イヴァーノヴナが、舞踏会用のデコル
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