テを着込んで可愛らしいすがすがしい姿になってはいって来たが、するとスタールツェフはすっかり見惚《みと》れてしまって、有頂天のあまり一言も口がきけず、ただもう眼をみはったままにやにやしているばかりだった。
 彼女が行って参りますを言い始めると、彼も――こうなってはもうここに居残っている用もないので――立ちあがって、患者が待っているから家へ帰らなければと言い出した。
「致し方もありませんな」とイヴァン・ペトローヴィチは言った、「ではお出掛け下さいだが、ついでに猫ちゃんをクラブまで送りとどけていただきますかな」
 そとは雨がぽつぽつ降っていて、ひどい暗さで、ただパンテレイモンの嗄《しわが》れた咳をたよりに、馬車のありかの見当がつくほどだった。そこで馬車に幌《ほろ》をかけた。
「わしはお家《うち》でお留守番、そなたはべちゃくちゃお出掛けと」とイヴァン・ペトローヴィチは娘を馬車へ乗せてやりながら言うのだった、「こなたもべちゃくちゃお出掛けと。……さあ出せ! さようならどうぞ!」
 馬車は動きだした。
「僕はきのう墓地へ行きましたよ」とスタールツェフは始めた。「あなたもずいぶん意地のわるい無慈悲な
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