秋の夜の常として今ではもう真っ暗だったので、――それから半時間ほどうろうろしながら、さっき馬車を残してきた横町をさがしまわった。
「ああくたびれた、立ってるのもやっとなくらいだよ」と彼はパンテレイモンに言った。
 そして、ほっとした気持で馬車の中に掛けながら、彼はふとこんなことを考えた。
『やれやれ、肥《ふと》りたくはないものだ!』

       三

 あくる日の夕方、彼は結婚の申し込みをしにトゥールキンへ行った。ところが生憎《あいにく》のことに、エカテリーナ・イヴァーノヴナは居間に引っ込んで、調髪師に髪を結わせていた。彼女はその晩クラブである舞踏会へ出掛けるところだったのである。
 またしても長いこと食堂にすわり込んで、お茶をがぶがぶやっていなければならなかった。イヴァン・ペトローヴィチは、お客が沈み込んで退屈そうにしているのを見ると、チョッキのかくしから何やら書きつけをとり出して、御領地内の錠前《じょうまえ》金具ことごとく破損仕り、塗壁《ぬりかべ》も剥落《はくらく》仕り候云々という、ドイツ人の管理人がよこした滑稽な手紙を読み上げた。
『花嫁にはきっと相当な財産《もの》がつくだろ
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