わたりぶらぶらして、依然こころ待ちに待ちながら、こんなことも考えていた――一体ここには、その辺の塚穴の中には、どれほどの婦人や少女たちが、かつては美しく蠱惑《こわく》にみちて、恋いわたり、男の愛撫《あいぶ》に打ちまかせて夜ごとに情炎を燃やした身を、ひっそりと埋めていることだろう。まったく母なる自然というものは、何と意地わるく人間をからかうものなのだろう! それに想い到ると実に腹立たしい限りではないか! スタールツェフはそんなことを考えていたが、それと同時に彼は、いやいやそんなことは御免だ、是が非でもおれはこの恋を遂げて見せるぞと、大声で叫び出したかった。彼の眼の前にしろじろと見えているものは、もはや大理石の片《きれ》はしではなくて、その一つ一つがみごと円満具足の肉体であった。彼はそれらの姿が羞《は》じらうように樹《こ》かげに身をかくすのを目にし、その肌の温《ぬく》もりを身に感ずるのだった。そしてこの悩ましさは切ないほどに募って行った。……
とその時まるで幕が下りたように、月が雲間にかくれて、あたり一めん遽《にわ》かに暗くなった。スタールツェフはやっとのことで門をたずね当て、――何しろ
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