ェフは町の尽きるところの、とある横町に馬車を残して、自分は歩いて墓地へ向かった。『誰にだって妙なところはあるものさ』と彼は考えるのだった、『猫ちゃんにしても一風変わった娘だからなあ、――なに分かるもんか――ひょっとしたらあれは冗談じゃなくって、本当にやって来るかも知れないさ』――そして彼は、この力ない虚《うつ》ろな希望に身も心もまかせ切って、そのおかげでうっとり酔い心地になってしまった。
ものの四、五町ほど彼は野道を歩いた。墓地ははるか彼方に黒々とした帯になって現われ、まるで森か、さもなくば大きな庭園を見るようだった。やがて白い石垣や門が見えてきた。……月の光をたよりに、その門の上の方に記された文字が読みとられた。『*……の時きたらん』というのである。スタールツェフは小門《くぐり》からはいると、まず第一に目に触れたのは、ひろい並木路の両側にずらりと立ち並んだ白い十字架や石碑と、それやポプラの木がおとす黒い影とであった。ぐるりを見てもはるか遠方まで白と黒とに塗りつぶされて、眠たげな木々がその枝を白いものかげの上に垂れている。ここは野原の中よりも明るいような気がした。鳥や獣の足によく似た
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