「お目にかからなかったこの一週間、あなたは何を読んでおいででした?」さて彼がこう尋ねた。「話して下さい、お願いですから」
「*ピーセムスキイを読んでいましたわ」
「と仰しゃると何を?」
「『千の魂』ですわ」と猫ちゃんは答えた。「でもピーセムスキイっていう人、随分おかしな名前だったのねえ、――アレクセイ・フェオフィラークトィチだなんて!」
「おや、どこへいらっしゃるんです?」とスタールツェフは、彼女がやにわに立ちあがって家の方へ行きかけたのを見て、ぎょっとして悲鳴をあげた。「僕にはぜひともお話ししなけりゃならん事があるんです、どうしても聴いていただきたい事が。……せめて五分間でも僕と一緒にいて下さい! 後生のお願いです!」
彼女はもの言いたげな様子でふと足をとめたが、やがて不器用な手つきで彼の掌に何やら書いたものを押しこむと、そのまま家の中へ駈け込んで、またもやピアノに向かってしまった。
『今晩十一時に』とスタールツェフは読みとった、『墓地のデメッティの記念碑の傍においでなさい』
『ふむ、こいつはどうもすこぶる賢明ならぬことだて』と彼は、われにかえってそう考えた。『何の因縁があって墓地
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