お弾きになる」と彼はその後からついて行きながら言うのだった。「それが済むとママの傍に坐っていらっしゃる。これじゃまるっきりお話をする暇がないじゃありませんか。十五分でも結構ですから私に下さい、お願いです」
もうそろそろ秋で、古い庭の中はひっそりとわびしく、並木の道には黒ずんだ落葉が散り敷いていた。もはや黄昏《たそが》れるのも早かった。
「まる一週間というものお目にかかりませんでしたね」とスタールツェフは続けた。「それがどんなにつらいことだか、あなたが分かって下すったらなあ! まあ腰を掛けましょう。私の申し上げることをおしまいまで聴いて下さい」
二人とも庭の中にお気に入りの場所があった。枝をひろげた楓《かえで》の老樹の下にあるベンチがそれだった。今もそのベンチに坐ったのである。
「どんなお話ですの?」とエカテリーナ・イヴァーノヴナは、愛想も素気もない事務的な口調でたずねた。
「まる一週間もお目にかかりませんでした、あなたのお声を聞くのも実に久しぶりです。私はとてもあなたのお声が聞きたいんです、聞きたくって堪《たま》らないんです。何か話をして下さい」
彼女が彼の心を魅し去ったのは、そ
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