工作として先づ日本の真の姿をはつきり知らせる必要があります。文書による宣伝の外、映画の活躍する舞台がなかなか広いのでありますが、これはもう準備が整つてゐるでせうか? 少し心細いやうに思ひます。日本語の普及をはじめとして、学校の経営、指導にも乗り出さなければなりますまい。医療施設の万全を期することも急務であります。すぐさういふところへ手が届くでせうか? 宗教家に何等かの用意ありや? 南方民族に関する学術的研究がどの程度まで進められてゐたか? かういふ風に考へて参りますと、われわれは、今迄、何をしてゐたかと思はれる節々が非常に多いのであります。
殊に、将来に亙つて最も禍根を残しはすまいかと思はれることは、米英の異民族統治法が、如何に人道に反するものであつたにせよ、彼等には白人独特の政治的謀略があり、物質文明を誇り示すことによつて、楽々と優越的な地位を占めることができたのであります。今や、白人をもつて最優等の人種と見做す習癖は東亜諸民族のなかに深く根をおろしてゐるに違ひありません。われわれ日本人は、先づこの迷妄を打破してかゝらなければなりませんが、それがためには、例の物質文明に代るところの、しかもそれ以上に彼等東亜諸民族にとつて魅力あり、渇仰おくことのできぬやうな「何物か」をわれわれが如実にもたらすことが絶対に必要であります。
私は、それこそ、「日本人の優にやさしき心」以外にはないと信じます。それは決して人に示すための作り物であつてはなりません。われわれの日常の生活、一人一人の言動のはしばしに、おのづから示される品位と温みとであります。
昭和の戦陣訓も、将兵に諭すに、「ゆかしく雄々しく」あれと云つてをります。
武力そのものにさへ、「ゆかしさ」を添へなければ日本の武士道は成り立ちません。まして、武力の後に平和の建設に従ふわれわれは、弱みにつけ込む浅間しさと、徒らに人情家を衒ふ親切の押売りを排した、堂々たる兄貴振りをみせたいと思ふものであります。これはもう、「心掛け」とか「自粛自戒」とかいふ程度の間に合せでは駄目なのであります。
日頃、しかも、若い時分から、自らも鍛へ、人にも鍛へられて、錬りに錬つた精神と生活の自然なあらはれが物を言ふのであります。日本人の真の優秀さといふものは、かういふ形で先づ世界に誇り得るものとならなければなりません。
今更らしく、私がかういふ
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