旅の苦労
岸田國士
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)軽《かろ》やか
−−
旅行は好きか、と、よく人に訊かれる。私はいつも、生返事をする。好きでないこともないが、さう楽しい旅をしたといふ経験もないからである。好きでないこともないといふのは、旅の空想を私は屡々するし、空想の旅は、一種の解放であるから、心おのづから軽《かろ》やかならざるを得ぬ。
では、実際に旅をして、なぜ楽しいと思つたことが少いかと云へば、これにはいろいろ理由がある。その理由はあとでつける場合もあるが、第一に、出掛けるといふことが実に臆劫である。前の晩までは大いに勇みたつてゐても、いざ朝になつて、口をあけた鞄をみると、妙に気持がしらじらとする。
駅で切符を買ふことを考へ、汽車の時間はまだ大丈夫かと、飯を食ひながら時計など見てゐると、もう、うんざりしてしまふ。
さういふ時、私の心を励ましてくれるのは、電話のベルである。――さうだ、この音に脅やかされないところへ行くのだ!
先達も、私は、友達を誘つて、二三日新緑の山へ休養に出掛ける決心をした。ちやんと予定の時刻に、上野でその友達と落ちあ
次へ
全6ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング