鞄をおろして新聞を買つた。神風号の消息は?
丁度そこへ、上野から列車がはひつた。遅からず早からず、計算どほりと鼻を高くして悠々二等車へ乗り込んだ。
新聞を三種読み終ると、私は、畏友佐藤正彰君から贈られた翻訳小説ネルヴァールの「夢と人生」を鞄から取り出して、貪るやうに頁を繰つた。なかなか面白い。流石に発狂と発狂の間に書いた物語だけあつて、常人の寝言に似て非なるものである。
時々窓の外に眼をやると、五月の野は、爽やかに緑の風を含んで、旅情、うたゝはづむ思ひである。
もうどのへんに来たらうかと、気をつけてみても車が走つてゐるうちはわからない。停つた時は、ネルヴァールの筆に魅せられて息もつかぬ刹那である。しかたがないから、思ひ出し思ひ出し時計をみる。やがて、高崎につく時分だ。
ところが、やつと着いたのは、宇都宮であつた。汽車を間違へて、一つ前の日光行に乗つてしまつたのだとわかつた。
別に慌てることはない。駅員から、宇都宮に用はないかと訊かれ、「ない」と答へるのも無愛想だと思つたが、正直に「ない」と答へた。それではといふので、大宮まで逆戻りの特典を与へられ、五時間あまり鉄道省のパスを
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