天津まで私を乗せて行つてくれるのかと思ふと、済まぬやうな、危いやうな気がして、
「僕、アスピリンを持つてますが、飲んでみますか?」
「いや、熱はないですよ」
 アスピリンは鎮痛剤であることを知らないのであらうか。私は無理に勧めてはみなかつたが、空中で痛みが堪へられなくなつた時、飛行機はどうなるのであらうかと、ひそかに気を揉んだ。
 出発の時は知らせてくれと、機関士に云ひおいて、私は、またぶらぶらそのへんを歩き廻つた。
 さつきのG氏の小屋に近づいた時、私は何気なく、その中をのぞいてみた。
「まあ、はいり給へ」
「天気がよくつて何よりですな」
 私は、この眠くなるやうな支那の秋日和をなんと讃美していゝかわからなかつた。
「あゝ、いゝ天気だ。どうです、これは……。戦地にゐると子供みたいなもんだ」
 G氏が棒切れで灰のなかを掻きまはしてゐる、その棒の先へ転がり出たのは、うまさうに焼けてゐる二つ三つの薩摩芋であつた。

     空中の論理

 ○○機は午後二時になつて、やつと出発した。
 高度の加減か、光線の具合か、来がけに見た時よりも下界は一層単調な物の象を示すにすぎず、私は早くも退屈しは
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