支那軍は、あんなに丁寧に作つた陣地を、どうしてあゝ簡単に投げ出すかといふと、それには、わけがある。強い弱いといふ問題以外に、陣地といふものに対する考へ方、観念が違ふんです。いゝですか、どうせ一日か二日で退却するんなら、弾丸さへ防げればよささうなもんだ。なにも、あゝ馬鹿丁寧に、定規をあてたやうに作らなくつてもよささうに思はれる。ところが、支那人は、それ、土といふものに対して、日本人の想像もつかないやうな親しみをもつてゐる。土をいぢるといふことが、ちつとも苦にならないのみならず、それは一種の日常茶飯事です。ごらんなさい、日本の子供は、たとへ百姓の子でも、転んで着物へ土がついたら、起き上つてすぐにそれを払ふでせう。これや習慣でさうなつてゐる。然るに、支那の子供はどうです。転んでも決して土なんか払はうとしない。土のなかで生活してゐるやうなもんだ。泥まみれになることは、汚いことぢやないんです。土工作業でも、日本人なら足で踏みかためるところを、支那人は、平気で手を使ふ。綺麗に仕あがるわけです」
「鉄砲を打つより、その方が面白いんでせう」
「まあ、さういふわけだ。それに、第一、支那軍はちよつとした陣
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