をおろしてゐる一将校が、穏かな微笑をもつて私を迎へ、
「新聞はどちらですか?」
「いや、新聞ではありません。文芸春秋といふ雑誌です。生憎、名刺をすつかりなくしてしまひまして……」
「あゝ、文芸春秋……。それはそれは……。記事になることがありますか?」
といふ風になかなか如才のない応接ぶりである。私は、これがG氏であるといふことはすぐわかつた。
別に一問一答をしようとは思はず、私は、たゞ、戦場に於ける一高級武官の身辺について観察することの興味で満足した。
しかし、G氏は、極めて熱心に私に話しかける。特に支那の軍隊について、その歴史的特性から説き起した一種の論断には傾聴すべきものがあつた。近代戦に於けるその訓練の程度といふ問題になると、氏は、いきなり私にかう問ひかけた。
「支那兵の構築した陣地といふものを見られましたか?」
「野戦の陣地は見ました。相当大がかりなもんですね」
「大がかりだ。その上、労力を惜しげもなく使つてある」
「まつたく、私も、作業の丹念なのに驚きました。ちよつとした散兵壕でも立派な細工といふ感じですね」
「さうでせう。あれを日本軍なら、さう易々と棄てはしませんよ。
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