ごすご引きさがつた。
「病院なんかへはひるより、自分で薬を買つてなほすと云ひ出すんです。銃砲の傷にはとてもよく利く薬を北京で売つてゐるからつて承知しないんですよ」
 傍らから坂本氏が口を挟んだ。
「奴さんたちは一度負傷なんかすると、から意気地がなくなるんでね。もう駄目ですよ、あれぢや」
 私は、横になつた。
「あなたも日本へなにかお言伝はありませんか?」
 坂本氏はそれに答へて、
「わたしは、もう支那人みたいなもんですから……。名前も支那風に劉栄正と云つてるくらゐです。郷里の方とはほとんど縁を切つたやうな形でしてね」
「ぢや、家族の方は北京にでもをられるんですか?」
「えゝ、わたしの姉が○○○の家内になつてましてね、ご承知でせう、○○省の主席をしてゐた、いま行衛不明ですが、むろん、日本軍と戦つてゐるでせう。それも止むを得ずです。わたしも、今度の事変がなかつたら、その○○○の妹を貰ふことになつてゐたんですが、さうすれや、これで○○省秘書ぐらゐの地位につけたんです。さういふわけで、姉がいま北京にゐるもんですから……」
「○○○といふのはたしか日本の士官学校を出た人ですね」
「それがですよ、
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