いつでも飛行機へ乗せてもらへるなら、さうしてもいゝんですが、この機会を逃すとどうなるかわからないから……」
「なあに、大丈夫ですよ」
「また出直して来ることにしませう」
 そんなことこそ出来るかどうかわからない。しかし、私の言葉に嘘はなかつた。実際、戦争の一番見ごたへのある部分を見ずに帰るのはなんとしても心残りである。
 堀内氏は、こんな序でもなければと云つて、内地にゐる奥さんへの手紙を私に託すべく書きはじめた。
 その時、部屋の入口をのぞき込むやうにして、一人の支那人がはひつて来た。
 片腕を三角巾でつるし、傷が痛むのか、泣きだしさうに顔をゆがめてゐる。
 堀内氏は、その訴へるやうな言葉を聴いてゐたが、やがて、私の方に向ひ、
「この男はわしの部下ですが、負傷して此処の野戦病院にはひつてゐるんです。ところがたつた一人の支那人で、言葉も通じないし、心細いから北京へ返してくれと云ふんです」
「北京に実家でもあるんですか?」
「あることはあるんですが、北京へ帰すにしても、やはり軍の病院へ入れてやりますよ」
 その支那人がまた喋り出した。堀内氏は、今度は諭すやうに長々とそれに応へた。支那人はす
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