るだけです」
 なにから話をしていゝかわからぬ。
「では、いづれまた……」
 彼は、大切な任務を果さねばならぬ。
「ご機嫌よう」
 私も、慌たゞしく帽子に手をかけた。
 大分待たせた揚句、Sは、
「やあ、失敬失敬……」
 と云ひながら出て来た。
 そこから、今度は、○○の○○へ車を走らせた。
 工業学校の校舎がそれにあてられてゐた。航空兵科の若い○○に私は紹介され、明日ならば天津までの便乗差支なしといふことになり、航空地図を壁一面に貼りまはしたその部屋のなかで、私はちよつと、うますぎはせぬかと心配した。
 S部隊長と別れて、私は、自分の宿舎(?)に戻つた。
 もう日が暮れてゐた。
 靖郷隊の面々は中庭へ大鍋をもち出して牛肉をつゝいてゐる。炭火が赤々と燃え、いくつかの眼が闇の中で光つてゐるのが、なんとなく殺伐な、それでゐてお伽噺めいたものを感じさせた。
 その晩、坂本氏から支那風呂にはいらないかと勧められ、さういふものがあるのかと訊くと、街の風呂屋が今日から開業したからとのことである。なにしろ、もう四晩も汗になつたからだを洗はないのだから、たとへ、何風呂であらうと結構である。
 食事をす
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