それでも、将校は、解せぬといふ顔つきで、今度は、私のからだを検めるやうに、見あげ見おろしするので、
「従軍記者です」
 と、怪しいものでないことを信じて貰はうとすると、いきなり、彼は、
「どなたです、お名前は?」
 もう安心と思つたから、
「文芸春秋社特派員で、岸田と云ひます。名刺を生憎、すつかりなくしまして……」
「あゝ、やつぱりさうですか。自分は、Cであります」
 急に姿勢を正して、挙手の礼である。
 Cといふ名前は、咄嗟に、ひとりの少年の顔を私の眼の前に浮びあがらせた。その少年は、眉目秀麗な、幼年校の服の似合ふ、和歌山弁の、忙がしく瞬きをする癖のある少年である。
 さう云へば、この将校の、日にやけた、頬のそげた、髭の濃い顔のどこかに、その少年の面影が残つてゐるのである。
 同県の後輩といふわけで、この学校の習はしに従つて、私はよく彼を連れて陸軍墓地などを散歩したものである。
「やあ、これはお見それしました。で、君は今、こゝの○○に?」
「いえ、○○部隊の○○をいたしてをります。○○○○に参りました。あなたはまた、ご苦労なお役目で……」
「どうしまして、のんびりと方々を歩いてゐ
前へ 次へ
全148ページ中81ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング