せる。飯盒が音を立てるのは中身の乏しい証拠である。今夜は、何処で泊るのか。そこには何が待つてゐるか。せめて喉をうるほすに足る清水でも湧いてゐてくれ。
「おい、こら、みろ。徒歩部隊は、かういふ時は辛いぞ。お前らは、まるで大尽だ」
 Sは、運転手台の兵士らに声をかけた。
 ○○に着く。
 Sについて上つて行くと、彼は、
「ちよつと待つてくれ」
 と云つたまゝ、一室の中へ姿を消した。私は、戸口で、ぼんやり待つてゐた。この部屋のなかでは、重要な作戦が籌らされてゐるのだなと思ひながら、私は、廊下を往つたり来たりし、煙草を一本喫ひ、ノートを取出して、ふと浮んだことを記し、などしてゐると不意に後ろで靴の音がした。
 ○○の一将校が、銃に着剣をした○○兵を従へて、のつそり歩いて来た。私は、手摺を背にして道をあけると、その将校は、私の前に立ち止つて、じろじろ私の顔を見、「お前は何者だ」と云はんばかりの表情で私の返答を待つ身構へをした。
 そこで、私は、先づ、自分の風体といまゐる場所を考へ、なるほど不審に思はれてもしかたがないと気づき、
「S部隊長を待つてゐるところです」
 と、甚だ要領を得ぬ弁解をした。
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