、隊長の天幕をぢつと睨み、命令一下を待つてゐるやうな姿勢が、息づまるほどの物々しさである。これ以上邪魔をすまいと思つたが、さて、行先はと考へる。北京へ直行するにしても、汽車では四五日を見ておかねばならぬ。若しや便宜を計つてもらへたらと、私は、Sにかう云つた。
「これから北京へ行かうと思ふんだが、飛行機の序はないかね?」
「序? さあ、おれんとこにはないが、待てよ……天津までぢやいかんか?」
「いかんことはない。それでもいゝ」
「○○司令部の連絡機に席が空いてないか、訊いてみてやらう」
 丁度、S自身、○○部へ出掛ける序があるとみえ、私も彼の車に同乗することができた。

     支那風呂

 南方邯鄲に通ずる道路は、交通のはげしいためか、ひどく傷んでゐる。
 日中はまだ相当に暑い。強行軍の徒歩部隊が、砂塵のなかをぐんぐん押して行く姿が目につく。胸の釦を外し、手拭を口にくはへ、戦帽の後ろに汗がにじんでゐる。根かぎり歩くのだといふ決意が、一人一人の顔色にうかがはれる。隊長は黙々と軍刀をつき、時々、隊列の乱れを気にしてゐる。ひと足おくれかけた兵士は、背嚢を両臂で支へ、前のめりに追ひ附かうとあ
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